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前回の続き。
付近はオフィス街だけあってそれなりに食事処が多い。 今回は両替町通二条下ルの「たま妓」さんで昼食とした。
ちょっと奮発して「京町家御膳」2700円にしてみた。美味。 また、こっちは男一人の怪しげな旅人なのに、 女将さんがちゃんと気を使ってくれて嬉しい。また訪問しよう。
さて、「二条城」探しの歩き旅に戻る。 時刻は午後2時近く、そろそろ急がないヤバイ時間になってきた。 陽が長くなってきたとは言え、まだ冬だから夕暮れは早い。
両替町通を北上して、丸田町通にぶつかる。ここで両替町通は途切れて、右手には京都御所。 烏丸丸田町の交差点を渡って北側のあたりが、 足利義昭のために織田信長が建てた「二条城」の跡である。
現在の当地近辺は、いかにもな感じの高級住宅地。 烏丸丸田町付近は、それを後背地とした私鉄の駅前みたいな雰囲気になっている。
室町通を上がって、平安女学院中・高の北の角に「旧二条城跡」の石碑がある。
女子校のすぐ裏で、あんまり写真とか撮ってると怪しまれそうなのですぐに退散した。
足利義昭の二条城の立地を考えてみると、御所のすぐ西隣である。 織田信長が「高貴で厄介なモンは一つ所にまとめときゃいいだろ」的に考えて 場所を決めたんじゃないかという気がする。 また、京都常駐の御所護衛兵を、一部隊で済ませることが出来るという利点もあっただろう。 信長としては少しでも兵力を捻出して、地方の制覇に振り向けたかっただろうから。
続く。
なんだか「玄箱 linuxigd」とか「debian linuxigd」で検索してここへ飛んでくる人が多いみたいなので、
過去ログを発掘して再構成してみる。
「Linux ルータ (玄箱、OpenBlockS) で UPnP を使う方法」。
1. パッケージの入手
DETROIT.DDO.JP さんが linuxigd の自作 .deb パッケージを作られているので、i386 なマシンならそのまま使わせてもらえばOK。
玄箱や OpenBlockS など、PowerPC のバイナリが必要ならば、 私の作ったバイナリ (PowerPC でビルドしなおしただけ) を置いておくので、これを使ってください。 apt-get 経由でウチのサーバからインストールするには、 以下の記述を /etc/apt/sources.list に追加すれば可能。
deb http://gema.luna2.org/mt/dist/debian ./ deb-src http://gema.luna2.org/mt/dist/debian ./
一応同一ディレクトリに
hppa32 バイナリ
も置いておきます (使う人なんているのかな…)。
HP B180L Workstation で動作確認済み。
2. 参考までに、バイナリパッケージのビルドメモ。
i. 玄箱上で、パッケージ作成に必要な基本パッケージをインストール。
kuro$ sudo apt-get install gcc dpkg-dev debhelper dpatch
ii. さらに、linuxigd のビルドに必要なパッケージをインストールする。
kuro$ sudo apt-get install libupnp-dev iptables-dev
iii. DETROIT.DDO.JP さんを sources.list に追加してソースパッケージをいただいてくる。
kuro$ sudo vi /etc/apt/sources.list deb http://detroit.ddo.jp/debian/sarge ./ deb-src http://detroit.ddo.jp/debian/sarge ./ kuro$ sudo apt-get update kuro$ apt-get source linuxigd
iv. ビルド
kuro$ cd linuxigd-0.99.cvs20041113 kuro$ fakeroot dpkg-buildpackage -uc -us -B
v. うちの場合は、出来上がったパッケージを OpenBlockS に移してインストール。
obs266# apt-get install libupnp0 obs266# dpkg -i linuxigd_0.99.cvs20041113-4_powerpc.deb
3. 使ってみる
とりあえずこれで MSN Messenger 7.5 はうまく動いてくれているみたい。 しかし、入力インターフェイスの定義がない iptables ルールが動的に生成されるため、 dst port とフォワード先のポートが万が一同じだと、ループが発生する。
動的に生成された iptables ルールの例: -A PREROUTING -p tcp -m tcp --dport 2096 -j DNAT --to-destination 10.1.1.5:2096
こんな感じなので、クライアントから Internet 方向へ 2096 番で投げたら自分へ戻ってきてしまう。 MSN Messenger ではフォワードポートが同じになることは (ほぼ) 無いので良いのだけれども。
W-ZERO3 [es] でコマンドラインを使えるようにしておくと、 それなりに使い道があるかもと思ってインストールしているわけだが。
参考: コマンドラインを利用する方法
この cmd.exe は Pocket CMD v 4.20 というバージョンで、 Windows NT 系に付いているもののサブセット的な位置づけになっている。 使えないコマンドが結構ある (sort, find, more, deltree など) のはいいとして、ワイルドカード文字が使えないのは結構致命的だ。
まあ、コマンドの逐次実行みたいな単純なことなら使えるので、入れておいても損は無い。 ただし、実行用メモリが空いているのにメモリ不足で実行できないことがままあるが、 この問題は RelocateLMDll を使うと解決できる。
バッチファイルも使えるように出来る。 拡張子 .bat、.cmd を cmd.exe に関連付けすれば良い。 ただし、実行されるときにオプション /C を付けるようにすること。 cmd.exe /C "%1" のようになっていればOK。
ファイルタイプ関連付けは GSFinder や Pocket の手で行えるが、
面倒くさければ以下のレジストリを取り込むことで関連付けが行える。
拡張子 .bat 用
拡張子 .cmd 用
レジストリの取り込みには
TRE
が必要であり、
拡張子 .reg をタップしただけで取り込むには、さらに .reg に対する関連付けが必要となる。
以下のレジストリを取り込むことで .reg を関連付け出来る。
拡張子 .reg を TRE に関連付けるレジストリ
前回の続き。
押小路通を東へぶらぶら歩き、烏丸御池付近へ向かう。
烏丸御池交差点から北西方向を眺める。
このあたりは織田信長の建てた「二条新造御所」のあった場所だ。
参考リンク: 織田信忠の見た風景
しかしまあ、遺構どころか石碑や立札の類すらない。 京都歴史資料館のページには、石碑があるという情報があるのだが、発見できなかった。 旧龍池小学校の再開発 (京都国際マンガミュージアムになっていた) に伴って無くなったのだろうか。
このあたりは江戸時代に金座・銀座があったところで、つまりは金融街だったらしい。
これらの伝統を引き継いだのか、現在でも烏丸御池付近はちょっとしたオフィス街であり、 銀行など金融機関の支店も多い。
その名も「二条殿交番」である。
このあたり、表通りはオフィス街だが、それだけに食事処も多い。 そろそろ午後1時になろうとしているので、昼飯を食べるところを探す。 せっかくだから京都っぽいものを食べておきたい。
続く。
本日は久しぶりに豊田市内の峠へ。 二月中旬ながら、陽射しがあり風が無く、かなり暖かい。
猿投グリーンロード-R153-農道のルートで東へ向かう。
途中、西広瀬 PA で休憩。
暖冬ではあるが、そうは言っても結構寒い。山の中だからね。
農道から R420 に入って東へ行き、R473 に入ろうと思ったら工事中だった。
仕方が無いのでここから引き返し、農道を再び南下して下山村に出て、R301-R153経由で帰宅。
オドメータ 20373km、本日の走行距離 149km。
修理とカスタムのためバイク屋に預けていた SS800 が昨日帰ってきた。 約2ヶ月、長かったな。
カウルの修復とカウルステーの交換、 ついでにステップをアエラ製のものに変えてみた。 かなり足裏グリップ感が増して、峠でも安心して踏めそうだ。
本日日曜日は親戚の葬儀に参加。
某市の高速 IC を降りてすぐの葬儀場が会場だったが、 その周囲はラブホテル、葬儀場、焼き場、墓場という何ともいえない風景。 田舎の IC の周囲によくありがちといえばありがちな風景だが、 なんかね、人生ってもっと豊かなものじゃないかなーとか、 その荒涼とした景色を眺めながら思ったことでした。
明日は久しぶりにバイクで遠出してみよう。
前回の続き。
徳川氏の二条城については、修学旅行で何度か訪れているので、 今回は内部見学はパスした。 かわりに、 幕末時代の写真 と近いアングルから写真を撮ってみた。 堀川にかかる二条橋からの撮影である。
堀川通が圧倒的に広くなり、堀川がドブのように細くなっているため、 全く同じアングルにはならないが、同じ場所に同じように松が何本か生えている。
二条城を外から眺めた後、程近い場所にある妙顕寺城 (二条新邸) 跡に移動。 押小路通小川西入ル北側に石碑と立札が立っている。
ここは豊臣秀吉が大坂城を建設して政権を固めた時期に、 在京都の政庁兼滞在時の宿舎として建設した妙顕寺城の跡である。 跡地は現在立派な寺になっている。ちなみに対面は中華ソバ屋。
石碑と立札以外にも、ここの地名が「古城町」なのが一応名残を残している。
参考リンク: 豊臣秀吉妙顕寺城跡
※「妙顕寺」そのものは秀吉によって移転させられて、それ以来上京区寺ノ内通小川東入にある。 裏千家今日庵、表千家不審菴の近所だ。 小川通沿いには武者小路千家もあるから、千家のお茶と縁が深い。
徳川二条城にしろ妙顕寺城跡にしろ、 まっ平らな平地に建っていて天然の要害としての要素が全く無い。 ただ、堀川を天然の外堀として想定していたであろうことだけはわかる。 家康も秀吉も、どうせ京都の街中では防御力を高めようとしてもタカが知れているから、 それなら便利な場所が良いと割り切ってこのあたりに城郭を建てたのではないだろうか。
続く。
前回の続き。
油小路通や小川通をジグザグに北へ進む。 午前中の下京は、裏通りでもかなり交通量が多くて歩きにくかった。 車だけでなく、歩行者や自転車も多い。
旧本能寺周辺に到着。
蛸薬師通小川南西角には、本能寺跡を示す石碑が建っている。
また、油小路通蛸薬師下ル東側には旧本能寺の来歴を記した銘文付きの石碑あり。
とはいえ、それ以外に旧本能寺跡を示すものは無い。燃えちまったんだから当然ではある。
周辺は高層住宅が建っていたり、大手出版取次の支社があったりして雑然とした雰囲気だ。 よく注意して地形を見ると、北に向かって少し下がっているのがわかる。 北の方が全体に高くなっているはずの京都市内では珍しい地形だ。 ここは、多少なりとも城砦としての適性を持つ場所だったのかもしれない。
ここからは小川通を北に歩く。途中、三条通との交点で小川通がクランク状になっているが、 これも何らかの歴史的事情とかがあるのかもしれない。
少し北で御池通に出て左折、 広々とした堀川御池の交差点に出ると、右前方に徳川時代の二条城が見えてくる。
続く。
今週月曜日 (2/5) は、有給を取って京都へ行ってきた。 きっかけは、Wikipedia の二条城の記事を見たことだった。
以下、Wikipedia 二条城の項目より引用
日本の歴史書において「二条城」と呼ばれることのあるものは、複数ある。1. 室町幕府第13代将軍足利義輝の居城。
2. 織田信長によって、室町幕府第15代将軍足利義昭の居城として作られた城。二条通にはなかった。
3. 織田信長が、京に滞在中の宿所として整備し、後に皇太子に献上した邸「二条新御所」。
4. 徳川家康が、京に滞在中の宿所として作った城。
一応大学では日本史中世専攻だったが、2. と 3. が違うものだったことを知らなかった(恥)。 これを読んで興味が湧いたので、 中世から近世初期の京都における権力者の居所/政庁がいったい何処にあったのかを 徒歩で探してみることにした。
とは言っても、最近土日仕事が多くて、単にストレス解消にちょっと遠出してみたかっただけでもある。 ちょうど2月で、北野天神の梅を見に行きたかったのもあるし。
ともかく、これから数日間はその時のレポートを記す。
2/5 (月) 朝9:45発ののぞみ107号で名古屋駅を出発。 10:23京都駅到着。あっという間に着いてしまい、京都の地図を眺める暇も無い。
JR 京都駅を出て、まずは蛸薬師通小川付近の旧本能寺跡をめざす。
本日の目的地を時代順にすると以下の通りである。
1. 室町御所
2. 足利義輝の二条殿
3. 織田信長が足利義昭に献上した二条御所
4. 織田信長の京都宿舎・のち誠仁親王に献上された二条新造御所
5. 本能寺の変の舞台となった旧本能寺跡
6. 豊臣秀吉が聚楽第建造前に京都宿舎・政庁とした妙顕寺城
7. 豊臣秀吉が京都に作った聚楽第
8. 徳川時代の二条城
こうして並べてみると、いったん電車で北上してから徒歩で南下する方が良かったかもしれない。 まあとにかく、当日は京都駅から徒歩で北上するルートを取った。
駅から北へ向かう道すがら、ついでに西本願寺の飛雲閣・唐門 (それぞれ秀吉時代の聚楽第・伏見城の遺構) を見ておこうと思ったのだが、 なんとなく大宮通を歩いていたら発見できなかった。下調べ不足。 いったん堀川通へ出てから北上、堀川五条の交差点を歩道橋で渡ってさらに北上する。
堀川五条の歩道橋から北山を望む。
当日はよく晴れて風も無く、2月とは思えない暖かさだった。
それにしても堀川通や五条通はだだっぴろく、車も多くて京都って感じがしないな。
続く。