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2007年02月25日
■ 二条城はどこにあったのか (5)
前回の続き。
付近はオフィス街だけあってそれなりに食事処が多い。 今回は両替町通二条下ルの「たま妓」さんで昼食とした。
ちょっと奮発して「京町家御膳」2700円にしてみた。美味。 また、こっちは男一人の怪しげな旅人なのに、 女将さんがちゃんと気を使ってくれて嬉しい。また訪問しよう。
さて、「二条城」探しの歩き旅に戻る。 時刻は午後2時近く、そろそろ急がないヤバイ時間になってきた。 陽が長くなってきたとは言え、まだ冬だから夕暮れは早い。
両替町通を北上して、丸田町通にぶつかる。ここで両替町通は途切れて、右手には京都御所。 烏丸丸田町の交差点を渡って北側のあたりが、 足利義昭のために織田信長が建てた「二条城」の跡である。
現在の当地近辺は、いかにもな感じの高級住宅地。 烏丸丸田町付近は、それを後背地とした私鉄の駅前みたいな雰囲気になっている。
室町通を上がって、平安女学院中・高の北の角に「旧二条城跡」の石碑がある。
女子校のすぐ裏で、あんまり写真とか撮ってると怪しまれそうなのですぐに退散した。
足利義昭の二条城の立地を考えてみると、御所のすぐ西隣である。 織田信長が「高貴で厄介なモンは一つ所にまとめときゃいいだろ」的に考えて 場所を決めたんじゃないかという気がする。 また、京都常駐の御所護衛兵を、一部隊で済ませることが出来るという利点もあっただろう。 信長としては少しでも兵力を捻出して、地方の制覇に振り向けたかっただろうから。
続く。
投稿者 gema : 2007年02月25日 19:43
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