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2007年02月07日
今週月曜日 (2/5) は、有給を取って京都へ行ってきた。 きっかけは、Wikipedia の二条城の記事を見たことだった。
以下、Wikipedia 二条城の項目より引用
日本の歴史書において「二条城」と呼ばれることのあるものは、複数ある。1. 室町幕府第13代将軍足利義輝の居城。
2. 織田信長によって、室町幕府第15代将軍足利義昭の居城として作られた城。二条通にはなかった。
3. 織田信長が、京に滞在中の宿所として整備し、後に皇太子に献上した邸「二条新御所」。
4. 徳川家康が、京に滞在中の宿所として作った城。
一応大学では日本史中世専攻だったが、2. と 3. が違うものだったことを知らなかった(恥)。 これを読んで興味が湧いたので、 中世から近世初期の京都における権力者の居所/政庁がいったい何処にあったのかを 徒歩で探してみることにした。
とは言っても、最近土日仕事が多くて、単にストレス解消にちょっと遠出してみたかっただけでもある。 ちょうど2月で、北野天神の梅を見に行きたかったのもあるし。
ともかく、これから数日間はその時のレポートを記す。
2/5 (月) 朝9:45発ののぞみ107号で名古屋駅を出発。 10:23京都駅到着。あっという間に着いてしまい、京都の地図を眺める暇も無い。
JR 京都駅を出て、まずは蛸薬師通小川付近の旧本能寺跡をめざす。
本日の目的地を時代順にすると以下の通りである。
1. 室町御所
2. 足利義輝の二条殿
3. 織田信長が足利義昭に献上した二条御所
4. 織田信長の京都宿舎・のち誠仁親王に献上された二条新造御所
5. 本能寺の変の舞台となった旧本能寺跡
6. 豊臣秀吉が聚楽第建造前に京都宿舎・政庁とした妙顕寺城
7. 豊臣秀吉が京都に作った聚楽第
8. 徳川時代の二条城
こうして並べてみると、いったん電車で北上してから徒歩で南下する方が良かったかもしれない。 まあとにかく、当日は京都駅から徒歩で北上するルートを取った。
駅から北へ向かう道すがら、ついでに西本願寺の飛雲閣・唐門 (それぞれ秀吉時代の聚楽第・伏見城の遺構) を見ておこうと思ったのだが、 なんとなく大宮通を歩いていたら発見できなかった。下調べ不足。 いったん堀川通へ出てから北上、堀川五条の交差点を歩道橋で渡ってさらに北上する。
堀川五条の歩道橋から北山を望む。
当日はよく晴れて風も無く、2月とは思えない暖かさだった。
それにしても堀川通や五条通はだだっぴろく、車も多くて京都って感じがしないな。
続く。
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