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2007年03月16日
前回の続き。
足利義昭の二条城をしのんだ後は、今回の趣旨からは少し外れるが、 それ以前に足利幕府があった場所、室町御所 (花の御所) の跡をたずねる。
烏丸通を歩いても面白くなさそうなので、一本裏の室町通を北上。 付近には京都府庁、京都府警などがあり、それだけに治安が良いのか高級住宅街になっている。 今出川通に近づくにつれて、それが下町的雰囲気に変わっていく。
今出川通にぶち当たると、同志社大学が近いせいか学生街的な町になる。 烏丸通にいったん出て今出川通を渡り、今出川通室町へ行くと東北角に室町第跡の碑がある。
これより東北 足利将軍室町第址
この室町御所は御所の北側に立地している。 他にも、この周辺には義満建立になる相国寺 (同志社の北側) があり、 足利政権華やかなりし頃の中央政庁が集結していた場所である。 明白に「天子よりも北から南面す」という意図がうかがえると思うのだが、どうか。
室町御所跡を見届けた後は、午前中に見た「妙顕寺城」の後身、 京都における秀吉の居城である聚楽第の跡を探しに行く。
今出川通-元誓願寺通を経由して、西陣の中を通過して西へ歩く。 猪熊通で南へ下がってから中立売通を西へ折れて進む。
中立売通浄福寺。このあたりから南一帯が聚楽第の跡らしい。
しかし辺りを歩いてみても、全く遺構も、城跡を示す碑も無い。 周辺はごく普通の下町的住宅地である。 聚楽第の井戸跡という場所を下調べして行ったのだが、 完全に住宅地の路地の奥にあって、入るのがためらわれた。
後で調べてみたら、近くの松林寺の参道には堀跡を示す高い段差があるらしいのだが、 このときは知らなかった。 ただ、このあたりは洛中にしては南北の高低差が激しく、坂道が多いことは確かだった。
下立売通智恵光院にある交番の横から南方向を眺める。 智恵光院通はここでクランク状になっており、南へは結構急な坂道になっている。 洛中では珍しい、それなりの高地であることがわかる。 ここに深い堀で囲った城を建てれば、そこそこ守れる城にはなるだろう。 少なくとも徳川二条城辺りよりは余程マシである。
続く。
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